
牧歌舞伎新聞
’95年12月10日発行
編集 牧歌舞伎保存会
発行人 高 橋 功

薪の火は明々と燃ゆ

牧歌舞伎保存会は、十月十四日牧不動尊境内において第三回地元公演を開催、今迄とは違った薪歌舞伎の趣向で伝統芸能の炎を赤々と燃やし、夕暮れの中に一際映えた舞台で白熱した演技を披露。会場を埋め尽くした観客から惜しみない盛んな拍手や威勢のいい掛け声が響き渡った。

第三回を迎えたこの日の公演は、昨年永年にわたり牧歌舞伎伝承にご尽力された前会長の故石林万吉氏の追善を兼ねたもので、当日早朝、役者一同故人の墓前で公演開催の報告と共に公演の成功を誓い本番に臨んだ。また、薪の炎に照らされた保存会初の薪歌舞伎として上演された今迄にない夜の公演に、会場は夜の公演ならではの様々な演出がなされた。
特に会場入り口には役者兼大道具係の面々のアイデアで原人祭りに出品された同保存会制作のオリジナル御輿をさらに改造。回り灯籠として、観客の目を楽しませた。また、会場周辺には、数多くの提灯も飾られ赤々と燃える炎とともに夕闇の会場を照らし出した。
今回の出し物は、奥州安達が原、熊谷陣屋、白浪五人男の三幕。第一回公演と同じ演目ではあったが、役者達の演技は、会場の演出に負けじと冴え渡り大勢の歌舞伎ファンを魅了した。また、今年栃木県を会場に開催される日本の文化の祭典、国民文化祭のPRを兼ね女性二人の文化大使が来場。琴と三味線の素晴らしい演奏を披露し会場の雰囲気を尚一層盛り上げた。そして、会場に醸し出された薪の炎は、天国で見守る故石林前会長の思いを具現するかの如く燃え盛った。地元牧地区の方々を初め多くの方々に支えられながら伝統芸能の炎は、これからも連綿と燃え続けるに違いない。そんな思いに胸を熱くした公演であった。
(取材 MKH共同通信社 岡田 利夫)


たくさんの「はな」をありがとうございました
第三回公演を終えて
恩田和雄 (牧歌舞伎保存会座長)
今年の公演は薪歌舞伎と趣を変え、また牧歌舞伎の師匠として永年保存会会長として尽力なされた故石林万吉氏の追善公演でした。
町内会を始め、多くの方々と団体にご協力をいただき、大勢の観客のもと大盛況に開催できたことに感謝と安堵の気持ちで一杯です。
思い起こせば、私が石林さんの指導を受け牧歌舞伎の役者をしたのは、牧歌舞伎最後の公演といわれた昭和四十六年の公演でした。
それまでも私も牧歌舞伎についてはよく知りませんでしたが、その時期私は青年団員として活動しており、最後の公演で何か役に立ちたいと思い石林さんらに申し出たところ、役者が足りないので役者をやってほしいとの事となり、先輩方の指導のもと一生懸命取り組みましたが、これが最後かと思うと寂しい気持ちになったことが思い出されます。
その後しばらく地元を離れていたこともあり、牧歌舞伎のことも忘れかけておりましたが、牧歌舞伎復活の活動が青年団員を中心に盛り上がり、石林さんの指導のもと活動していることを知り、ぜひ一緒に活動したいと思い仲間となりました。
現在はメンバーの中でも若干年上でもあり、座長という大役を仰せつかり活動しております。
おかげさまで保存会の活動も、多くの方々のご支援とご協力により有意義な活動を展開しております。
牧歌舞伎を通して、よりよい仲間づくりと、地域文化の発展に少しでも役に立ちたいと願うと共に、今後も誠心誠意頑張っていくつもりです。
石林正男 (牧歌舞伎保存会前会長故石林万吉氏の長男)
初めてのこころみの薪歌舞伎の成功、本当におめでとうございます。また、今回は父のための追善公演と銘うっていただき誠に有り難うございます。父も、磨きがかかった演技に、牧歌舞伎の伝統の灯が、あのかがり火のように、ますます燃え続けることと、ほっとしていることと思います。このように成功したのも、保存会のみなさまの熱意と努力があったからと思います。とにかく、役者の方の芸に対する打ち込み様には脱帽せざるを得ません。
一つの催しを成功させるには、多くの人の協力と支援が必要と思いますが、そうした地域の方々が力を合わせる姿にも心打たれるものがありました。また、遠く上三川から連日、支援に駆けつけてくださる萩原さんの熱意も、牧歌舞伎を支えるものの一つであると感じました。
今回の公演を見てあらためて感じたことは、『地芝居』は楽しいということです。何よりも知っている人が演じていること、舞台と見る人がとても身近であることが『地芝居』の楽しさではないでしょうか。声を掛ければ、それが役者に伝わる暖かさを感じました。
父が死んでから、しばらくたち、私は、やっと落ちついて父のことを考えることができるようになりました。自分は、父の側に居たのに、何も受け継いでいないということも感じました。しかし、牧歌舞伎は、完全に、若手の皆さんに受け継がれているということ、そして、牧歌舞伎は地域のものであるということを考えると、牧歌舞伎一筋に生きた父は、大変幸せであったと思います。
この土地に、地芝居が根付き、代々受け継がれてきたことも、貴重なことですが、それを文化財として、発掘し光を当てていただいた尾島先生のお力にも敬服いたしました。このような無形の財産を葛生町、栃木県の宝として守って下さるよう、これからも多方面からのご支援ご協力を願ってやみません。
原人祭りに夢御輿で参加
二十世紀の皆さんこんにちは、葛生町の夏といえば「原人祭り」ということで、今日は遥か五万年前から「アウストラロピテクス亀田氏」と「ネアンデルタール斉藤氏」を迎えて、対談していただきます。尚、司会は私「クロマニョン中村」がつとめさせていただきます。
中村 今年は八月二十三、二十四日と行われた原人祭りをご覧になっていかがでしたか?
亀田 ウホッ、ウホッ。
斉藤 ウキキキッー。
中村 牧歌舞伎保存会では、夢御輿を出品しての参加だったのですが、それについて何かご感想は?
亀田 ホッホッ。
斉藤 ウッキャー。
中村 夢御輿の製作に当たって一番ご苦労された点は何でしょう?
亀田 ハッ、ハッ、ハッ。
斉藤 キャーッ、キッ、キッ。
中村 ぜんぜんお話になりませんので、この辺で皆様さようなら。
国民文化祭95とちぎに出演

さる十一月五日(日)宇都宮の栃木文化会館で、「国民文化祭・とちぎ95」のグランド・フィナーレが開催され、牧歌舞伎も熱演を披露しました。「二十一世紀へのシンフォニー」と題されて始まった催しは、日舞、洋舞の競演から始まり、タイや香港などからのゲストも迎え、オルケスタ・デ・ラ・ルスの演奏で最高潮に達しました。その中で牧歌舞伎は、先日の薪歌舞伎公演を映像での紹介の後「絵本太功記」の一部を披露し、観客の歓心を得ていました。そして最後は、「宇都宮少年少女合唱団」「富山県福野小学校合唱クラブ」「栃木県合唱連盟」による混合合唱で文化の情熱を伝えると共に、その熱気を次期開催地の富山県へ引き継ぎました。
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