東海道五十三次【水口宿】安藤広重
かんぴょうを干している絵

かんぴょうと下野の国

いまから約280年前の正徳二年(1712)、近江の国(現在の滋賀県)の水口から下野の国の壬生へと領地換えとなった藩主鳥居忠英がかんぴょうの種を水口から取り寄せ、壬生領内でつくらせたのが始まりと言い伝えられています。

鳥居忠英公

この他にも、さまざまなかんぴょう栽培にまつわる説がありますが、現在まではっきりしとした説はわかっていません。しかし、栃木県南部の上三川、石橋、南河内、国分寺、壬生を含む地域が今日かんぴょうの一大生産地となっていることを考えると、この地域の気候土地が日本のどの地域よりもかんぴょう栽培に適していたのでしょう。

かんぴょうの現在

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